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自由へ

さっき、今までの記事を幾つか見てきて、思ってことがある。

 

堅い。非常に堅苦しい。

 

もっと自由に記事を書いていいと思った。

しかも、つまらない毎日を過ごしてる人の日記とか正直どうでもいいよねって。

 

だから、その日あったことを書くというよりかは、生活していて思ったこととか、常々思っていることとか、書いてみようと思う。

 

ですます調も文が固くなりすぎるから廃止。

 

好きなように、自由に。

フリーダム。

 

 

 

昨日、「飽き性」というタイトルで記事を書いたが、自分はハマってしまったものに対しての執着心というか、こだわりが強い。

脳内リピートというのも強烈なもので、気になったものがずっと頭のなかに残っていて、嫌でもそれが頭に浮かんできてしまう。

今日、おそらく世界を震撼させているであろうニュースの1つに、「ジョージ・マイケルさんが亡くなった」というニュースがある。

 

この方はシンガーソングライターで、「Wham!」というポップデュオで活躍した方だそうだ。

 

この人の名前に、どこか「山田太郎」感が漂っているのもしばらく気になっていたのだが、ツイッターでニュースが流れてきた時に、「元”ワム!”のジョージ・マイケル、~~~」というタイトルがほとんどだった。

 

この時、「ワム!」というのに取り憑かれてしまったのである。

日本独特のカタカナ読みのダサさが全面に出ている。

 

もし"Wham!"と書かれているならば、殆どの人が最後の"m"は唇を閉じて"ン"に近いような感じで読むだろう。

しかし”ワム!”となった場合、"ワ"は変わらないが、"ム"は、唇を尖らせてしっかり"む"の発音をしなければならない。

そこにきてとどめの"!"である。

"ワム"の二文字をさらに強調しなければならない。

 

実際に声に出して読むのではもちろんないが、脳内でもしっかりとそのように読んでしまうからいけない。

そのニュースタイトルを見てからずっと脳内で"ワム!"がリピートされ続けているのだ。

 

"Wham!"自体、初耳の言葉。

どんな曲を出しているのかも知らない。

聞こうとも思わないけど。

だけどこのインパクト。

 

カタカナ語ってどうも日本人にマッチしていないところが多い気がする。

 

今に始まったことではないが、英語をそのままカタカナ読みにしたことで、日本人は"L"と"R"の発音の区別がつかなくなって、単語を覚えることの難しさを1ランク上に上げてしまった。

挙句、英語にない言葉まで作ってしまったほどだ。

だが、もうカタカナ無しでは日本人は生きていけない。

 

身近なカタカナ語を日本語に訳してみると、なかなかに変なものが出来上がる。

スマートフォン」は、「賢い電話」になるだろうか。

 

…怪しさ満点。

 

日本人の生活に馴染んだものを変えろとは言わないが、海外アーティストの名前くらい英語で書いたらどうだろうか…