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とっさの判断

今日は用事のため、少々遠くへお出かけしました。

 

久々の長時間の電車、予想以上に疲れました…。

 

片道で電車を3本ほど乗ったのですが、帰りの一番最後の電車、新京成電鉄なのですが、それに乗ったとき、悲劇は起こりました。

 

三咲という駅の近くの踏切で、人身事故があったとの車内放送。

救助活動をしているとのこと。

 

長年、新京成電鉄を使っていますが、人身事故はJRなどの他線に比べて少ない方だと思います。

なので、珍しいなと思いました。

 

以前にも1回、電車を待っているときに人身事故がどこかの駅であった、ということがありました。

が、その時は救助が早く、数分で見合わせが解除になった事がありました。

 

今回も、なんだかんだですぐ解除になるんだろうと思っていたのも束の間、次なる車内放送で「運転再開の見込みはたっておりません」と…。

 

ここで人間は2つのタイプに分かれます。

車内に残る者と、振替乗車を使う者の2つのタイプ。

 

 

ちなみに自分は前者です。

ジッと待つ。

 

その後、数回同じ内容の車内放送が流れるたびに、タイプ分けの振るいが更にかけられていくわけです。

 

しかし、物静かに発車を待ち続ける前者軍団に悲劇が起こります。

 

車内放送で、「この電車は一度、車庫に入る回送電車とさせていただきます」との知らせが。

 

今か今かと発車を待ち続けた我々に、「今すぐ電車を出ろ」というのだ。

なんと残酷なものか。

グッと堪えてきたのにも関わらず、まだ振るいにかけるつもりなのです。

 

ここまで車内に残り続けた者たちも、流石にこの対応に観念し、駅から出ていく人が多数。

乗っていた電車が回送電車になるほど、予想以上に事故現場が悲惨なものなのだろうというのが嫌でも伝わってきたせいか、振替輸送を選ぶ人たちが殆どでした。

 

だけど、ここまで待ってきた人たちです。

きっと心のなかにはこういう思いがあるはず。

 

「もし駅を出てからすぐ、電車が動き始めたらどうしよう」

 

と。

 

振替輸送があるとはいえ、もし仮にすぐにでも電車が動き始めたなら、乗っていたほうが早く着く、という考えがあるからこそ、電車の中に残っていたと考えられます。

自分もその中のひとり。

 

 

再開の目処がたっていない中で運転再開を待つということは、駆け引きなのです。

いつ運転が再開されるのかを読み合って、そのまま待機するか、振替輸送を選ぶか。

 

時間にうるさい日本人特有の現象であることは間違いないですね。

 

 

人身事故の放送があってから40分ほど経ち、ついに私もしびれを切らして動き始めました。

 

家に帰ってからやることが多かったので。

洗濯物取り込んだり、猫にご飯をあげたりなどなど。

 

駅から歩いて帰れない距離ではない。

よし、ここは歩いて帰ろう。なるべく線路沿いに歩いて、もし動き始めていたら次の駅で乗ろう。

と考えました。

 

するとアッサリ次の駅で運転再開を知らせるアナウンスが聞こえ、駅に入るとちょうど電車が到着。

 

すんなりと帰ることができましたとさ。

 

上ではちょっと自分の妄想も入れながら書きましたが、こういうときの人間の行動を観察するのってちょっとおもしろそうだなと思います。

 

集団心理とか言うのでしょうか。

周りにつられて自分も動いてしまうというもの。

 

あと、意外と待つ人も多いんだなと思いました。

最後の最後で電車に乗れたとき、ギュウギュウ状態に近かったです。

 

 

さらにさらに最後にもう一言だけ。

 

 

やっぱり人身事故で電車止まるの腹立つ。